自転車こそ、わが人生。

BIKE IS LIFE代表・山田大五朗さんに聞く、街と自転車のいい関係

2019年に立ち上がった、福岡発の自転車ライフスタイルブランド「Bike is Life.」。手がけるのは、元MTB日本代表選手の山田大五朗さんです。日本でも数える程しかいないプロ選手が、引退後に始めたのは自転車をもっともっと身近なものにし、街と一緒に楽しむ活動。「自然と一体になる快感を、一人でも多くの人に届けたい」という大五朗さんの、熱い想いを聞きました。

福岡で始めた、自転車人生の第二幕

– 本日は、よろしくお願いします。まずは「Bike is Life.」の活動内容から教えていただけますか?
はい。「Bike is Life.」は、自転車ライフスタイルブランドです。街乗りから自転車旅まで使えるオリジナル自転車の製造・販売や、福岡県朝倉郡にオープンさせたクラブハウスの運営、ライド・イベントの企画などを行なっています。

– 立ち上げ後、すぐにスタイリッシュなオリジナル自転車を発表されましたね。開発から手がけた理由は何ですか?
僕が自転車に夢中になった当時、自転車はもっと安いものでした。敷居が低かったから、始めやすかったんです。でも、いまはレース用の自転車は高いものであれば100万円を超え、限られた一部の人のものになってしまいました。だから、もっと気軽に誰でも楽しめて、かつ自転車の奥深い魅力もわかるようなものを作りたいと思ったんです。

– なるほど。他にも、国の自転車活用推進法のアドバイザーや、自治体の自転車活用施策などにも協力されていますね。具体的にはどのようなことを?
自転車は近年、環境負荷の軽減や道路の混雑緩和、国民の健康増進、サイクルツーリズムによる観光開発など、さまざまな観点から日本でも注目されるようになりました。しかし、海外の自転車先進国とは違って、日本では自転車が走りやすい環境が整っているとはまだまだ言えません。サイクリストの観点から走りやすい街づくりについてアイデアを出したり、実際にツーリズムで巡るコースを作ったりしています。

– そうすると大五朗さんは、市民の側と行政の側それぞれから、自転車を身近にしていく活動をしているわけですね。
ええ、そうなんです。フランスやオランダで感じた、「自転車が街の文化として尊重されている」環境を、いつか日本でも実現したい。そう思って活動しています。

Bike is Life.の自信作「A-1 model(税込140,800円)」。初心者でも乗りやすい安定性と、本格仕様にカスタムできる拡張性を両立。現在はA-1 modelの他、子供用の自転車も、販売開始しています。
公式サイトより https://bikeislife.shop-pro.jp/?pid=141277419

60円のパスタを食べて、自転車に打ち込む日々

– 大五朗さんが、自転車にのめり込んだ経緯を教えてくれますか?
きっかけは、ちょっとしたことなんです。高校1年までは野球一筋でしたが、部員不足から部活が廃部になってしまって。ちょうど家の近くに、レースにも参加しているサイクルショップがあり、「時間を持て余してるなら出てみないか」と誘われたんです。高2で初めて出たレースで3位に入賞し、そこで一気に自転車の世界にハマりました。高校を卒業してからは日本でレース活動を始めましたが、それでは飽き足らなくなって、フランスに渡りました。

– フランスは自転車競技が盛んですね。
ええ、ツール・ド・フランスの国ですからね。街ごとに自転車のクラブチームがあり、地元のスポンサーを得て運営されています。入るのは簡単、でもそこからプロになれるのは一握り。厳しい世界ですが、コーチがいてライバル選手たちがいて、毎日ひたすら自転車に打ち込める、素晴らしい環境でした。2日にいっぺんはレースがあるので、成績が悪くても落ち込む暇がないくらい。僕はエクサンプロヴァンスという街のクラブチームにいましたが、好きな自転車の世界にどっぷりつかれて、幸せな日々でしたね。

– その時、すでにプロとして稼いでいたんですか?
いえいえ、そんなに甘くはなかったです。渡仏前の半年間、寝ずにアルバイトをして貯めた120万円の貯金が、僕の全財産でした。フランスでは月3万円のアパートに住んで、毎日60円のパスタを食べてという貧乏生活でしたけど、夢に向かっている充実感でいっぱいで、そんなことも忘れていました。2シーズン目には少しだけ賞金も稼げるようになり、苦労が報われたようで本当に嬉しかったですね。

– 青春ですね。そして、日本に帰ってきたと。
そうです。25歳から32歳まで、MTBのプロとして日本で活動しました。ただ、日本でMTBの競技人口は500人程度で、他国と比べてもマイナースポーツ。レースの賞金だけで生活しているプロは、トップの5人ぐらいしかいません。だから、現役を引退した後のことも、考えていました。一度自転車に捧げた人生なら、地元・福岡でもう一度別のチャレンジをしてみたい。そんな思いがBike is Lifeという形になって、今に至ります。

走る/止まる、街を身体で感じる魅力

– 大五朗さんが感じている自転車の魅力を、もう少し詳しく教えてもらえますか?
自転車には、大きく分けてロードバイクとマウンテンバイクがあります。ロードバイクの楽しみは、レースそのものにあると思います。自分の肉体の限界に挑む楽しさもあるし、選手と駆け引きをして勝利を目指す楽しさです。
一方、マウンテンバイクは自然と親しむ楽しさです。自転車で山の中を分け入ると、普段は見えないような景色が見えてきます。山の中を走っていると周囲の緑が溶けていき、自分が山と一体になるような感覚に陥ります。

– 溶けていく感覚、ですか。
ええ。これは、何度もライドを重ねないと味わえないかもしれません。選手をやっていた頃はほぼ毎日トレーニングのために山に入っていたのですが、ある日突然、その感覚を得ました。自転車のタイヤの表面が、いまどんな路面を掴んでいるのか、直接脚が地面に触れているかのようにわかるようになったんです。「いま小さな石を踏んだ」「後輪が5cm滑った」「いまはタイヤが路面を掴んでいるから、もう少しスピードを上げても大丈夫」。まるで自転車が自分の身体の一部になったようで、それ以来、怖さを一切感じなくなりました。この感覚を、ぜひ多くの人に味わってほしい。これこそ、自転車にしかない快感だと思いますから。

– そんな風に感じてみたいです。では、都市を走る場合には、どんな魅力があるでしょうか?
自転車は、徒歩とも車とも違うスピードと移動感覚を持っています。徒歩では行き着けない場所にも行けますし、身体を使って風を感じながら移動できます。走るときは常に四季を感じますし、フッといい香りがしたら、自転車を止めてコーヒー屋やパン屋に立ち寄ることもできる。このフレキシビリティは、自転車ならではです。特に福岡は、海や山と都市部が近いコンパクトシティですから、自転車を楽しむ街として最適だと思いますよ。

– 今後、福岡や日本で自転車文化がさらに盛り上がっていくためには、何が必要ですか?
日本の道路は、自転車が走ることを想定されていないため道幅が狭いことが、まず大きな問題です。道路交通法でも、自転車は歩道を走っていいという運用が長くされてきました。自転車文化が発展しているヨーロッパの国々と比較すると、街づくりも市民の理解も、日本は大きく遅れていると感じます。しかし、だからといって諦めては何も変わりませんね。自転車専用レーンも少しずつ整備され、市民の理解も進んできました。僕たちの活動も、そこに貢献していきたいと思っています。ゼロから街を設計し直すのは難しいとしても、現状にうまくアレンジを加え、日本らしい自転車文化を定着させていければ、嬉しいですね。

– 本日はありがとうございました。

[取材を終えて]
自転車に魅了され、自転車に捧げた一人の男のストーリー。選手からアドバイザーになり、自転車を製造するメーカーになり、カフェやコミュニティの運営まで行う、そのすべてに一貫して自転車への一途な愛が込められているように感じました。特に「森と一体になる」と自転車の魅力について語っている大五朗さんの表情は、とても輝いてみえました。走ることの喜びを知る人が、自転車の走りやすい環境を整えてくれるとしたら、街はどんなふうに様変わりするのでしょうか。Bike is Lifeの今後の展開が、楽しみです。(編集部)

山田大五朗(やまだ・だいごろう)さん

山田大五朗(やまだ・だいごろう)さん

株式会社Bike is Life.代表、サイクルコーディネーター。1978年、福岡県生まれ。17歳の時に自転車競技と出会い、プロを目指して21歳で渡仏。エクサンプロヴァンスのクラブチームに所属し、2シーズンを走破。帰国後、25歳でプロ活動をスタート。29歳でワールドカップに参戦し、日本代表選手に選ばれる。以降、3年連続で日本代表として世界選手権に出場。32歳の時に、国内最長レースである24時間耐久レースで優勝。このレースを最後に引退し、現在は自転車競技の普及と若手育成活動、サイクルイベントの主催等を行う。2019年に株式会社Bike is Life.を設立。