一台の自転車から始まった
「元」自転車移動喫茶Hand anything

Handanything 秋利康介さん

天神にある、国の重要文化財「福岡市赤煉瓦文化館」に店舗を構える喫茶店「Hand anything」(ハンドエニシング)。2019年8月にオープンして以来、おいしい珈琲が飲めると人気です。今は店舗を構える「Hand anything」ですが、ここに出店するまでは自転車で移動しながら珈琲を販売する自転車移動喫茶でした。神出鬼没の喫茶店を始めた経緯から、店舗に至るまでをオーナーの秋利さんに伺いました。

飲食経験ゼロからの喫茶店スタート

島根県松江市生まれの秋利さんは、名古屋の大学で建築とデザインを専攻。卒業後は住宅メーカーに納品する木製家具のメーカー、その後は工業用金属製品のメーカーで設計と、モノづくりでキャリアを歩んできました。しかし、「サラリーマンはいつでもできる。若いうちに独立したい」と思っていたこともあり、奥様の福岡転勤を機に会社を退職。独立することを決意します。
独立することになり、これまでの経験からCAD(設計や製図のツール)を使っての起業も考えたそうですが、大阪で通っていた自家焙煎の珈琲ショップ「もなか珈琲」へのあこがれから、飲食未経験でありながら喫茶店での独立を決めます。
「もなか珈琲の店主の下中さんは、自分にとって何でも相談できる親せきのお兄さんのような存在です。下中さんは、下積み時代を経て、28歳でもなか珈琲を立ち上げました。とにかく豆の焙煎に力を入れていて、僕は、ここで初めて美味しい珈琲の味を知りました。感動すら覚える味でした。この下中さんとの出会いが、その後、家族ぐるみの付き合いに発展していき、気づけば下中さんの人柄と生き方に、あこがれを抱くようになっていましたね」と秋利さんは語ります。
こうして、珈琲と生き方を教えてくれた「もなか珈琲」の存在をきっかけに、秋利さんは喫茶店を始めることにしました。

自転車で始める移動喫茶

2018年6月、奥様の転勤をきっかけに福岡に移住。秋利さんは、早速開店の準備を始めます。しかし、いざ開業にしようにも資金もなく、出店するにも福岡での人脈も土地勘もない。まったくのゼロからのスターだった秋利さん。「最初から大きなことはできない。いつか出店する時のために人脈づくりや街を知らないと」と、最小限の初期投資で出来て、ランニングコストがかからないで自転車で、移動式の喫茶店を始めることにしました。
お店の目印である真っ赤なカーゴバイク(大きな荷物を運搬できる自転車)は、市内平尾にある自転車ショップSPUTNIKで偶然見つけ、一目ぼれをして購入。珈琲の道具を積み込む木製の箱は、自分でデザインして作りました。また自転車を購入したSPUTNIKさんが軒先を貸してくれることになり、最初の出店場所も決定。構想から3か月、2018年11月に自転車移動喫茶「Hand anything」をオープンします。

開始直後の売り上げは少なかったものの、徐々に道行く人から「なんのお店ですか」と声をかけられるようになり、お客さんの縁もあって、出店場所は、パン屋さん、倉庫、と増えていくように。最終的には10か所ほどで販売をしていたそうです。時間や天気に合わせて臨機応変に、神出鬼没の移動式喫茶は徐々に人気を得ていきます。
平日は朝7時半~15時まで、土日は10時~17時までの開店時間に合わせて、朝は通勤途中のサラリーマンが、昼前や夕方になると近所のおじいちゃんや、おばあちゃんが珈琲を買っていきます。自転車の荷台に積んだ箱は開くと小さなカウンターになるので、10代~80代までの幅広いお客さんたちが、思い思いの話を秋利さんにしては帰っていきました。
「サラリーマン時代には、こんなに色々な年代の人と話すことはなかったので楽しかったですね。毎回リハビリの帰りに寄ってくれるおじいちゃんがいたんですが、フランス語が達者で、とても印象に残っています。2019年8月に赤煉瓦文化館に移ったので、今はもう移動喫茶はしていませんが、今でも街中で当時のお客さんに会うと挨拶をしてくださる方がたくさんいらっしゃって」と嬉しそうに話します。
この自転車移動喫茶での9か月間で、顔見知りのお客さんは100人ほどに増え、人脈づくりやエリアの特性を、自ら自転車と移動することで得ることができました。しかしその反面、雨の日や冬場の販売の厳しさも知ります。そこで偶然にも、この自転車移動喫茶のお客さんからの縁で、今の「福岡市赤煉瓦文化館」へとお店を構えることになったのです。

店舗を構える

天神駅から徒歩5分、日本生命株式会社九州支店として1909年に竣工した赤煉瓦文化館は、福岡市の「エンジニアフレンドリーシティ福岡」の取り組みの一環として、エンジニアの交流拠点「エンジニアカフェ」として利用されています。その施設の一角に、2019年8月に「Hand anything」の店舗がオープンしました。移動喫茶の時代から提供していた珈琲や焼き菓子はもちろんのこと、今はビールやハイボールといったアルコール類や、トーストといった軽食も提供しています。

しかし、オープンから約半年のタイミングで、福岡でも新型コロナウィルスが拡大。秋利さんの喫茶店も、その影響を受けてしまいます。
「5月14日に緊急事態宣言が解除され、5月21日から店舗を再開しました。お客さんは4割ほど戻ってきたというところでしょうか。今回の新型コロナウィルスを受けて、お客さんとのコミュニケーションの取り方を見直しているところです。マスクをしてのコミュニケーションは取りづらいので、最近インスタライブを始めました。まずは、自分の顔を見てもらって元気であることを伝えたいので、お店で提供するお菓子の情報や、今週読んだ本のこととか。この機会をつかってお店の情報に限らず、プライベートなところを知ってもらう機会にしたいですね」。
今回の新型コロナウィルスをきっかけに、秋利さんは自身の働き方や進むべき道も、改めて考え直す機会にもしていると言います。
「屋号の「Hand anything」は、“Have a nice day !”の頭文字をとって“Hand”、珈琲に限らずその思いを伝えられるモノコトすべて、という意味を込めて“anything”を後ろに付けました。僕が提供するものは、このコンセプトを叶えられるものでありたい。これまでの道のりは、「もなか珈琲」の下中さんの人柄と生き方に魅せられ、自転車移動喫茶という道を進みました。この経験で、何かチャレンジしたいと思ったら、自転車のようなスモールスタートに戻ればいいと分かりました。最初から大きいことをしよう思って二の足を踏むのなら、失敗のリスクもストレスも小さくて、多くの学びがあるスモールスタートで始めればいい」。

9か月間、たった一人と一台で、縁もゆかりもない福岡で始めた自転車移動喫茶。小回りがきいて、すぐに立ち止まれて、そんな自転車の良さを生かした喫茶店は、秋利さんにたくさんの大切なお客さんとのつながりや、店舗を構えるステップに進むきっかけを与えてくれました。そして何より、私たちにもスモールステップで始めることの大切さを教えてくれた取材でした。

※最新の営業時間については、Hand anythingのインスタグラムをご確認ください。
※現在、福岡市赤煉瓦文化館には駐輪場の設置がないため、ご来店の際には最寄りの駐輪場をご利用ください。

秋利康介(あきとし こうすけ)さん

秋利康介(あきとし こうすけ)さん

元自転車販売喫茶、「Hand anything」店主。
島根県松江市出身。
大学で建築を学んだ後、メーカーにてものづくりに関わる。
2018年、結婚を機に福岡へ移住。
「若いうちに独立したい」という想いのもと、2018年11月に自転車販売喫茶「Hand anything」を構える。2019年8月、福岡市赤煉瓦文化館に店舗をオープン。

おすすめメニューはハンドドリップコーヒー。
福岡市鳥飼「TOMONOCOFFEE」さんにて作ってもらったオリジナルブレンド「赤煉瓦ブレンド」(400円)。
「中深煎りの老若男女に親しまれる1番人気の豆です。『もなか珈琲』の豆ももちろんご用意してます。」

Hand anything | https://www.handanything.com/