スイム3.8km、バイク180km、ランニング42.195km。トライアスロンの中でももっとも過酷と言われる競技「アイアンマン」に挑戦するべく、日々トレーニングを重ねているのが、会社員の城戸暢さんです。城戸さんの練習っぷりは、実にハード。それでも、トライアスロンを語る時の目は、キラキラと輝いています。普段の練習のこと、自転車に対する思い入れについて、聞いてきました。
10時間、走り続けるスポーツとは
– 本日は、どうぞよろしくお願いします。まずは、トライアスロンを始められたきっかけを教えてください。
はい。新卒で入社したレッドブル・ジャパン株式会社で、先輩に誘われたのがきっかけです。もともと、小中高とずっとサッカーをやっていて体力には自信があったんですが、以前誘われて参加したハーフマラソンの大会で全然走れなかったことがかなりショックで。「体を動かす習慣をつくらなきゃ」と思い、自転車を買う前に勢いでトライアスロン大会にエントリーしました。それから自転車を買い、ゴーグルを買い、千葉県の九十九里浜で開催されたレースに出場しました。レッドブル・ジャパンでは、イベントやプロジェクトのたびに世界的なアスリートが日常的に会社を出入りしていたので、彼らの精悍な姿に憧れたのもありますね。
– トライアスロンにあまり馴染みがないんですが、どのような競技か教えてもらえますか?
トライアスロンは、水泳(スイム)、自転車ロードレース(バイク)、長距離走(ラン)の3種目を順番に行う、総合競技です。僕が最初に挑戦したコースは「オリンピックディスタンス」といわれるトライアスロンの平均的なもので、スイム1.5km、バイク40km、ラン10km。だいたいみんな、2〜3時間でゴールしますね。
いまは、「アイアンマン」といわれる、スイム3.8km、バイク180km、ランニング42.195kmのトライアスロンの中でもっとも過酷なコースに挑戦しています。総競技時間は10〜11時間ほどで、自転車だけでも5〜6時間。間に飲んだり食べたりしながらやります。
– 10時間も走ったり泳いだりですか!? 過酷すぎます……。そんなに大変なことに挑戦するモチベーションは、何なのですか?
自分の成長をはっきり感じられるところ、ですかね。練習すればするほど成績が伸びるし、逆にサボれば落ちるし。2015年と2016年に同じ大会に出たんですが、1年間で1時間20分もタイムが縮まったんですよ。練習してきた甲斐があったなぁと、嬉しくて。出場中は大変なんですけど、終わってみるとまた挑戦したくなって、次の大会にエントリーしちゃう。終わりがないチャレンジです。
応援され、サポートされる人物になれ
-城戸さんの日々の練習を教えてください。
1週間でだいたい18時間のトレーニングをします。平日は、朝と夜に合計2時間、週末はまとめて3〜4時間。朝はランニング、もしくはスポーツクラブで泳いでから出勤するパターンが多いですね。いくつかのチームに所属しているので、夜はチームで練習するか、家でトレーニングするか。お酒も、飲み会などがあれば練習した後だったら飲みますよ。次の日も早いので、深酒はしませんけど。
– トライアスロンは、自分自身の限界に挑むスポーツなんですね。でも、それだけハードだと、仕事に影響したりしませんか?
それがむしろ、仕事にも好影響なんです。トライアスロンをやっている人って、仕事でもプライベートでも、成長意欲がとても高い方が多いです。フルタイムで働いている人がほとんどなのに、上手に時間を捻出して、練習して。土曜日のチーム練習が朝8時からなんですが、その練習を効率的に行うために、1時間前に来てウォーミングアップをしていたりするんですよ。せっかくの休みの日なのに(笑) だから練習も、徹底的に効率を考えるようになります。最小限の時間で、最大限の効果を得るために、いつも工夫や改善のしどころを探している。そういった人たちと行動を共にすることで、自分のマインドもアクティブに変わっていくんです。
-そういう仲間と出会えるのは、素晴らしいことですね。
そうなんですよ。トライアスロンはもちろん個人スポーツなんですけど、最近は団体スポーツのように捉えています。最初は、自分のタイムを縮めることばかり考えていたんですけど、僕が所属するチームのリーダーに、「もっと応援される人にならないとダメだ」と言われて。
-それは、どういう意味ですか?
自分の限界を突き詰めて、突破したいという時に、それは自分の努力だけではどうにもならないこともあります。プロで、どんなにタイムが早い人でも、スポンサーや家族、仲間たちに支えられている。独りよがりでは、成長にも限界がきてしまうんですよね。それを知っていたリーダーが、「トライアスロンはいかに応援される人になれるか、支えてもらえる人になれるかが大事」と言っていて、なるほどと大きく頷きました。そこからは、自分だけでなく、チームのみんなのために何ができるかを、考えるようになりましたね。
– 城戸さんは、料理のイベントもされていると聞きました。
ええ。トライアスロンを初めてから、練習の他に食事や睡眠がいかに大切かが、わかってきました。飲食店でバイトしていた経験もあり、料理は好きだったので、自炊するようになって。そこで学んだ知識を、トライアスロン仲間にシェアしたいと思って、「326(みつる)キッチン」というイベントを始めたんです。練習や睡眠は自分で高めていけても、食事に関して、あまり自覚していない人も多いですから。会場を借りて、栄養士さんから座学で学び、その後に僕が料理を振る舞うイベントです。練習後にどれくらいのカロリーを消費して、だから炭水化物がどれぐらい必要で、と一緒に食べながら話せたらいいだろうなと思って。
– なるほど、これも自分のためだけでない、チームのための活動ということですね。
「トライアスロンの街・福岡」の可能性について
– 普段の生活のなかでも、自転車に乗りますか?
もちろん。福岡はコンパクトで走りやすいので、普段から移動はもっぱら自転車です。風を感じながら走れるのは、本当に気持ちがいいですね。実は、仕事で商談に行くときにも乗ります。移動は短パンで行って、訪問先の近くで着替えて、商談に行くんです。
でも、自転車で走る魅力は、街中よりも、信号がないような一本道だとより感じられますね。ママチャリよりも少しだけ性能の良い自転車で、止まらずに走れる海沿いの道などを走ってもらったら、きっと特別な爽快感に気づいてもらえると思います。車に自転車を積んで、走りやすい場所まで移動してから、自転車で走るのもいいですね。とにかく足を止めずに漕ぎ続けること。そうすることで見えてくる自転車の魅力があると思います。
– 福岡の街をより自転車が楽しめる街にするために、改善すべき点はありますか?
駐輪場の運営や管理が、企業や団体によってバラバラなのが気になりますね。僕の場合、商談に行くときは事前に駐輪場を調べてから出発します。アプリなどで、いま空きのある駐輪場を一括検索できたら便利なのに、とよく思いますね。どこに停めていいかわからなくて、つい違法駐輪をしてしまうという人も多いんじゃないでしょうか。
あとは、乗る人の意識も、もう少し変わらないといけないですね。危ない運転や逆走も、まだまだ見かけます。自転車で移動する人目線で、サービスやルールを考えていく必要もあるとあると思います。例えば、企業が率先して社員に対して自転車活用を促してみるとか。新型コロナウイルスの影響で、通勤手段を見直す人も増えていますし。海外のようにオフィスまで自転車を持って上がれるようになると、利用者も増えると思います。
– 参考になります。では、城戸さんのこれからの目標を教えてください。
自分の目標としては、アイアンマン世界選手権に出ること。そしてトライアスロンの普及という意味では、福岡の中心部でトライアスロンのコースを作ってみたいです。最近は那珂川がきれいになっているので、中洲からスイムをスタート、志賀島を自転車で走って、公園で走って……と、コンパクトな福岡だからこそできる、都会の風景の中でのトライアスロンは盛り上がりそうです。僕の出身地である福岡県大牟田市では、実際にトライアスロンコースを検討するところまでいったのですが、コロナの影響などもあり、止まってしまいました。これも、ぜひ実現させたいですね。
トライアスロンって、きついイメージがどうしても先行してしまいますが、大会に出て完走できたときの達成感はひとしおです。トライアスロンの普及のためにも、大会の数を増やして、競技人口も増やしていきたいですね。興味がある人は、ぜひ僕に相談してください(笑)。
– 中洲スタートのトライアスロン大会の実現を、楽しみにしています。本日はありがとうございました。
[取材を終えて]
最初は、ただキツそうなイメージしか持っていなかったトライアスロン。でも、城戸さんの話をお聞きするうちに、その魅力がわかってきた気がします。毎日のトレーニングと徹底した自己管理、その先にたどり着く、自分の限界を超える瞬間。それは、生きていることの実感と手ごたえを感じる貴重な機会なのかもしれません。そんな熱いアスリートたちの闘いを、福岡の街で見てみたいですね。(編集部)
城戸暢(きど・みつる)さん
1989年、福岡県大牟田市生まれ。新卒でレッドブル・ジャパン(株)に入社し、東京本社でマーケティング、福岡支社でセールスを担当。2019年4月より、福岡拠点のスタートアップであるラシン株式会社に入社。また仕事の傍、トライアスロンに取り組んでおり、「アイアンマン」と呼ばれるトライアスロンの中でも距離が長く過酷な大会に挑戦している。座右の銘は、「前進あるのみ」。