©Tomohide Tani

サイクルツーリズムは
地域をどう変え得るか

国東半島「仁王輪道」が作り出すツーリストと地元の交わり

近年、サイクリストたちから人気を集めているルートが、大分県・国東半島の「仁王輪道」。霧深い林道、はるか昔に造られた仁王像、青い海を縁どるリアス式海岸、昭和の風情が残る街並みなど……。数々の絶景スポットを自転車に乗って楽しめるサイクルルートです。
このルートの整備を行ったのが、ツナガル株式会社の竹林謙さん。これまで、街づくりや地域デザインの仕事を多く行ってきた竹林さんに、国東半島でサイクルツーリズムを行う理由、地域に起こった変化やこれからの活動について伺いました。

分断された見どころも、自転車なら回れる

– 本日はよろしくお願いします。まずは、仁王輪道とはどのようなサイクルルートなのか教えてください。
国東半島は、古くから修験者たちの修行の場として知られ、300体以上の石造仁王像や寺社仏閣が今もあちこちに点在している、魅力的なエリアです。昭和の営みが残る豊後高田やリアス式の海岸線など見どころも多く、地形は起伏に富んでいるので自転車で走るのに向いています。元々、プロのサイクリストが練習に来たり、2003年からツール・ド・国東という毎年2500人ほど参加するレースが開催されていたりと、自転車との相性の良さは知られていました。
ツーリズムという観点で見ると、両子山(ふたごやま)という標高721mの大きな山が中心にあり、集落は谷で分断されています。見どころは点在するものの、それぞれが4~5km離れていて歩くには遠く、公共交通も発達していない。それが自転車ならば、谷を越えて集落間の移動やスポット巡りがスムーズにできる。そう考えて、サイクルツーリズムのルートとして整備したのが、「仁王輪道」です。

半島に点在する石造仁王像。仁王輪道の名は、古くからこの地で親しまれてきた仁王像のように、半島を力強く走る自転車乗りたちが地域の新たなシンボルとなるように、という思いを込めて付けられた。
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– なるほど。ルートはどのようにして作っていったんでしょうか。
2017年から2年ほどかけて、見どころを地図上に記録して整理し、計7つのルートを作りました。初心者向けに30km未満のルート、中〜上級者向けに50〜100kmのルートをそれぞれ作ったので、行きたい場所や自分の体力に合わせてルートを選べます。
また、2012年から14年まで行われていた国東半島芸術祭で、世界的なアーティストたちが国東で生活しながら作った作品が点在するので、それらを巡れるようにも配慮しました。

リアス式海岸から、瀬戸内海を望む。仁王輪道のマップは、国東半島の駅や観光スポットで配布しているほか、webでも公開している。
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– 自転車をツールにして地域の魅力を伝えているんですね。竹林さんがこのようなお仕事に取り組む理由はなんでしょうか。
福岡に移住してくる前は、東京の広告会社で働いていたんですよ。東日本大震災後、復興事業の最前線で起こっていることを国民に伝える仕事などをしていました。震災をきっかけに、僕自身もいろいろと考えることがあって。

– 具体的には、どんなことを?
広告会社の仕事は、やりがいはありましたがとても忙しく、休日は休むだけで精一杯。次の週からフル稼働するためのメンテナンスで終わっていました。でもそんな生き方でいいのかなと思うようになって、くらし中心の生活をするために思い切って会社を辞めて、夫婦二人で一年間、世界の暮らしのあり方を巡る旅に出たんです。
すると、日本の地域には魅力が溢れていながら、それをうまく発信したり体験コンテンツとして提供できていない場所がたくさんあることに気づきました。たとえば、僕や妻の出身である九州もそう。なので、九州のハブである福岡で、九州や地方全体の課題解決や魅力の再発見と情報化をしていく仕事をしたいと思い、2016年に移住しました。国東半島の仕事は、そこからの関わりになりますね。

町と町のキメ(肌理)の変化を、体で感じられる自転車

– 魅力の再発見のツールとして、自転車に着目した理由はなんですか?
もちろん、その地域に最適なツールを選ぶ必要があるので、いつも自転車がいいわけではありません。ただ、国東半島は自転車で回るツーリズムがうまくハマりそうだと思いました。
僕自身、海外や日本のいろんな都市に行くたびに自転車に乗ります。海外の都市は、プロックやエリアで、住む人の人種や空気感がガラッと変わるんですね。そういうのを体で感じられるのは自転車ならでは。A地点からB地点までの、なだらかな“キメ(肌理)”の変化を感じられるのが、自転車だけが持つ良さだと思っています。これが、地域を感じながら走るツーリズムと相性がいいだろうと。

– よくわかります。では実際に、仁王輪道の整備によって地域にどんな変化がありましたか?
自転車を乗るために国東半島に来る人は、着実に増えたと思います。ただ、僕らがやりたいのは、単純にツーリストを増やすことではありません。サイクルツーリズムによって、普段なら出会う機会のない、地元の素朴な営みをしている人たちと、ツーリストとの接点をつくることが重要。それで、本当の意味で地域の魅力に触れられるわけですから。

– 確かに、地元と交わらずにルートを巡るだけでは、地域の魅力を知ってもらうことにはならないのかも。
例えばこんな例があります。サイクリング中に給水やトイレができる休憩ポイントがなかったので、民家の方に協力を仰いで、民家の軒先を自転車乗りに貸し出す「サイクルオアシス」という試みを始めました。
そうすると、元々外の人たちとの接点がなかった民家の人たちにとって、自転車乗りたちとのやり取りが生まれて、それが日常の楽しみになったり。サイクルオアシスは、2019年に13ヵ所、2020年に17ヵ所できて、合計30ヶ所にのぼります。それだけ外と接点を持つポイントを、昔ながらの町に作り出せたのです。

「サイクルオアシス」の看板がある民家のほか、道の駅や旅館、キャンプ場などがサイクルオアシスとして開かれている。
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– それで、地域が活性化していく、と。
地元の人にとっては、薪割りや炭づくりといった日常の当たり前のことも、ツーリストにとっては面白い。一方で、地元の人たちも若い人と交わる接点ができる。そこで交流が生まれて、いい体験を形作る。それが、地域の魅力になっていきます。地元の人にとっても、外の視点で「きれい」「おもしろい」と言われると、改めて自分たちの地域の魅力を再発見でき、地元を誇らしく思える。そんな効果を生み出せることが、大事なんだと思います。

自転車でできる「接点づくり」を増やす

– これからさらに進めていく活動について、教えてください。
これもツーリストと地元の人を結びつける一環で、地元の人をガイドとして育成するプログラムを始める予定です。昨年テスト的に行ったときは、自転車で町を見たときにどんな魅力が再発見できるのか、地元の人たちに考えてもらいました。普段、自分たちが生活している地域をツーリスト目線で見ることがないので、新鮮な発見があったようです。

– 地元目線のガイドが聞けるのは、面白そうですね。
ええ。それから、民泊のライトバージョンというか、民家の軒先で畳二畳分ぐらいのスペースを、数時間ほど提供するといったサービスができないか考えています。民泊となるとおもてなしをする側も頑張ってしまって、負担が大きいんですね。利用する側も、気兼ねなくお邪魔できた方がいい。だから、お互い無理のない仕組みを考えて、提供できないかなと。
ツーリストは、国東の山奥で便利さを求めるわけじゃありません。不便でも、地域ならではの生活を一緒に楽しめたりしたら、魅力的な観光体験できるのではと考えています

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– 大分にプロのサイクルチームを作る活動もされているそうですね。
はい。大分県にプロサイクルチームを来年立ち上げる予定で、選手の契約やスポンサー獲得を進めています。九州を代表するプロチームとして、いずれは世界に羽ばたく選手を輩出していきたいと思っています。
サイクルツーリズムに携わって、これを長く続けていくには、今まだ自転車に乗っていない人に、その魅力に気づいてもらう必要性を感じました。乗っていない人たちと自転車をつなぐキーワードは、「健康」や「ツーリズム」。これらをプロが先導して、「自転車って夢があるよ」と伝えてくれたら、初心者から上級者まで自転車人口が増えて、裾野が広がっていくはずです。

– 実現できたらサイクルツーリズムもさらに活性化するかもしれませんね。
ありがとうございます。国東半島のツーリズムに関しては、今後も自転車を中心に考えていくことになるでしょう。というのも、自転車が地域にもたらしてくれた変化を、少しずつ皆が実感できていると思うからです。ここからさらに、さまざまな規模や切り口で、外との接点を増やしていくのが、僕たちの仕事。ツーリズムやイベントを通して、色んな人がそれぞれの方法で、自転車に関わってくれたらいいですね。これからも、実現できることを一つひとつ形にしていきたいと思います。

– 楽しみですね。本日はありがとうございました。

[取材を終えて]
自転車を使って地域の中と外をつなぐ試みを行ってきた竹林さん。地域の「外の人」の視点でその土地の魅力を再発見し、「中の人」たちと協力しながら形にしていくバランス感覚と、話の端々から伝わる熱意が印象的でした。軒先ホッピングや自転車レースの開催など、これからの活動がとても楽しみです。

竹林謙(たけばやし・けん)さん

竹林謙(たけばやし・けん)さん

1983年大分県生まれ。広告代理店で東日本大震災の復興事業の携わった後、世界一周の旅へ。2016年、ツナガル株式会社に参画し福岡支社を立ち上げる。2017年より大分県の国東半島でサイクルツーリズムに携わる。サイクルルート「仁王輪道」の整備やサイクルオアシスの拡充を中心になって行った。現在、地元ガイドの育成やレースの企画開催、プロチームの育成などに向けて活動中。