志賀島のめぐりを加速させる、
「シカシマサイクル」流ツーリズム

博多湾に浮かぶ、一周10kmほどの半島・志賀島。この島の海沿いを走り、町並みを自転車で楽しめるのが、志賀島の入り口にあるレンタサイクル&カフェ「シカシマサイクル」です。
シカシマサイクルの運営を通じてサイクルツーリズムに取り組んでいるのが、株式会社UBSNAの西村星七さん。本職はwebデザイナーで、シカシマサイクルを始めた頃は自転車の知識はほとんどなかった、と言います。そんな西村さんは、なぜ今のような活動をすることになったのか。シカシマサイクルのことや、移住支援など志賀島の内外を巻き込んで流れを作っていく現在の活動について伺いました。

車では早すぎる、町を感じるなら自転車で

– 本日はよろしくお願いいたします。まず、志賀島についてどのような場所なのか教えてください。
はい。志賀島は福岡市に属し、博多湾に浮かぶ半島です。博多港からは船で30分ぐらい、「島」と名前はついていますが陸続きの半島なので、車でも行けます。農業や漁業がさかんで、集落が密集している、昔ながらの町並みが残っているところです。

– そのような場所で、「シカシマサイクル」を始めた理由はなんでしょうか。
志賀島は福岡市内からのアクセスは良いのですが、島の周遊バスは1時間に一本しか出ず、島内での交通手段は限られていました。車だと10分ぐらいで一周できるので、観光客の方もそのままぐるっと回って帰ってしまい、お金を落としてもらえないことも課題でした。せっかくだから町並みや自然を立ち止まって眺めてほしいですし、経済的な効果も生みたかった。
そこで、弊社の代表である山崎基康が、自転車を上手に使えば課題を解決できるんじゃないかと考えて、2014年に始めたのが「シカシマサイクル」です。名前は、自転車のサイクルと、「島のサイクルを回す」をかけています。

シカシマサイクルの店舗。自転車は、クロスバイク、マウンテンバイク、キッズバイクなど。シャワールームも併設されているので夏場でも快適に利用できる。

– シカシマサイクルを始めて、その課題は解決できましたか?
そうですね。島に来る人の数は、確実に増えたと感じています。年間に稼働する自転車は4000台。設備としては約30台なので、1日に数回稼働していることもあります。特に、夏から秋にかけては人気が高く、平日に来る方もいらっしゃいますね。
元々、市内から志賀島に来るバスは「空気を運ぶバス」と呼ばれていたんです。全然人が乗っていなくて、空気を運んでいるみたいだから(笑) でも今は昔より観光で来る人も増えているようです。
志賀島はサイクリストにとっては、昔から馴染み深いサイクリングコースでした。何より海沿いを走り続けられる爽快感が、たまらないんです。ローカル感のある雰囲気や裏路地といった非日常感も、人気の理由ではないでしょうか。

海沿いを走った後に、浜辺でのんびり。ゆったり流れる時間。
博多港と志賀島をつなぐフェリーには、100円で自転車を積み込める。福岡市内中心部から、フェリーに自転車を乗せてそのまま志賀島へサイクリングも可能。

– シカシマサイクルの1回の利用時間は3時間。それだけあれば、ゆっくり島の魅力を味わえそうですね。
一周するだけなら、もっと短い時間で回れます。ただ、止まって景色を眺めたり、島にある温泉に浸かったり、より快適に楽しむにはそれぐらい時間があった方がいいなと思って、3時間としました。途中でご飯も食べられますしね。
ツアーとは違って、自分で好きなように好きな場所を回遊できるのがいいのかもしれません。ありがたいことに、ステーションに帰ってきた方の多くが笑顔で「楽しかった」と満面の笑みを見せてくれます。九州以外から来られる方も多く、嬉しいですね。

人とお金が「サイクル」する場所を作る

– 単なるレンタサイクルだけでなく、カフェや商店、シェアオフィス機能とさまざまな役割を持っていますが、どうしてそのようなかたちになったのでしょうか?
私たちは元々、町づくりや地域活性、Web制作などを手掛けるカラクリワークス株式会社の社員で、ここもその事業の一つでした。誰か自転車のプロがいたわけでもなく、むしろ志賀島の活性化を考えた時にひとつのツールとして、自転車が有効だと思ったんです。私の関わり方も、自転車の専門家ではないので、あくまで本職であるデザイナーとして、自転車をどう有効に使うかを考えています。

– デザインとサイクル事業は、一見すると遠いものに思えます。
そう言われると確かにそうなんですが、デザインとはなにかを突き詰めて考えると、「課題解決のツール」だと私は思っています。これまで、グラフィックやWebデザインの仕事も多く担当しましたが、美しいグラフィックを作り込むというよりは、デザインでどうクライアントの課題を解決するかを意識していました。なので、レンタサイクルの事業も、地域を活性化しながら回していくためのデザインと捉えて、日々運営しています。

– なるほど。それで、シカシマサイクルのネーミングに「島のサイクルを回す」こともかかっていることにつながるわけですね。
ええ。オープン時にはなかったのですが、いまはシカシマサイクルの1階に、簡易のコンビニのような商店を併設しています。ここは元々、お米屋さんの個人商店だったんですが、引退するとなって、私たちが引き継ぎました。
地元に根付いている商店だったので、私たちが引き継いでからも、観光客はもちろん、近所の方も買い物にやってきます。気づけば長時間のおしゃべりになってたりして。そうやって、人が自然に集まったり、お金が循環したりする場所を残して機能させることで、地域のサイクルを回せると考えています。

コンビニがない志賀島で、この商店は貴重な日用品調達スポット。地元の人に、「あれが欲しい」とリクエストされて、他の地域まで仕入れにでかけることもあるとか。

– 他に、サイクルを回していく活動はどんなものがあるんですか?
自転車を1台貸し出すたびに一部を積み立てて、年に2回の地域の清掃活動やサイクルエイド(貸し出し用の簡易工具を備えた施設)の設置に使ったり、近隣の店舗に協力金を募って協力店舗の情報を掲載したサイクリングマップの制作などを行っています。
あとは、地域活性のためには人を循環させる必要があるので、創業移住の支援をしています。移住する人が住める場所として空き家バンクの管理もやっていて、これまでに3組ぐらいが移住してくれました。職業もカレー屋さん、動画作家、お坊さんとユニークでバラバラ。動画作家の方には、このエリアや自転車のプロモーションビデオも撮ってもらっています。

空き家バンクを活用して移住・開業した「メガネカレー」。週末にはここのカレーを食べに若者が訪れる。

地域の営みの補助輪となる

– これからの計画についても教えてください
空き家バンクの活動の推進や、トライアルショップをやっていく予定です。トライアルショップとは、一定の期間、志賀島に住みながら試験的にお店を開けられる仕組みです。移住を検討していても、「実際に住んでみないと自分に向いているか分からない」とためらってしまう方が多いので。そういう方に向けて、トライアルで住んで相性を確かめる機会を作ることで、移住のハードルを下げられるんじゃないかと。
それから、ゲストハウスのオープンも準備しています。島の中だけでは、どうしても人間関係が固定されてしまうので、新しい人が入ってくる流れを作りたいですね。

– 多彩な展開が楽しみですね。志賀島の活性化について、今後の目標はありますか?
地域活性の目標というと、「人口を何倍に増やす」などと勇ましくなりがちですが、それが地域にとって本当に良いことなのかどうかは、考えないといけないですよね。志賀島の“らしさ”が続きながら、地元の人たちが安心して暮らしていけるような形にできるといいなと思います。
サイクルツーリズムに関しては、福岡の人のサイクルツーリングの代表的な場所にしたいですね。福岡でランニングといえば大濠公園というように、「自転車に乗るなら志賀島」となっていけるといい。そのポテンシャルは、大いにあると思っています。
2020年は本当にいろんなことがあって思うように進まないことも多かったですが、志賀島の営みはいまも静かに続いています。外から入ってきて、地域の恵みを享受している者として、地域の持続的な営みに良い形で関与できるよう、これからも活動を続けていきたいですね。

[取材を終えて]
自転車を「地域課題を解決するツール」と捉えて、店舗の運営に携わってきた西村さん。島の人とのやりとりや自然の豊かさを、生き生きと語っている姿が印象的でした。長く暮らす地元の人たち、西村さんのような外から来た事業者たち、そして観光で訪れる人たち。それぞれの役割がうまくサイクルし、地域の未来をつくっていけるといいですね。

西村星七(にしむら・せいな)さん

西村星七(にしむら・せいな)さん

株式会社UBSNA(ウブスナ)ウェブデザイナー。

もとはカラクリワークス株式会社でシカシマサイクルの事業を行っていたが、山崎基康社長とともに独立。現在は、レンタサイクル、カフェ、イベント事業、空き家バンクのほか、新たにサイクリングとピクニックを掛け合わせた「POTANIC(ポタニック)」をスタート。利用者は志賀島の協力店舗まで自転車で立ち寄ってフードを受けとり、海や山など好きな場所に移動してピクニックを楽しむことができる。