自転車が走りやすい道路は、
人にもやさしい

道路づくりのプロが語る日本の道路の可能性

福岡県遠賀郡遠賀町から福岡県宗像市までを結ぶ約32.5kmの自転車道「遠賀宗像自転車道」。玄界灘の水平線と松原、沈んでいく夕日など雄大な景色を眺めながらサイクリングできるコースとして、サイクリストたちの間で注目されています。
この自転車道の整備に携わっているのが、福岡県北九州県土整備事務所の森義篤さん。これまで、道路整備などにも多く関わってきた、いわば「道路のプロ」。そんな森さんに遠賀宗像自転車道の魅力や海外の交通事情、日本の道路が良い方向に変わっていくためのヒントを伺いました。

五感で自然を感じるサイクリングロード

– 本日はよろしくお願いいたします。まず、遠賀宗像自転車道の魅力について教えてください。
いちばんの魅力は、玄界灘の水平線と広大な松原を眺めながら走れることです。海の真横を走ることができる県内でも珍しいルートで、天気の良い日の景色は、白砂青松そのもの。時間帯によっては、水平線の向こうに沈んでいく美しい夕日を見ることもできます。
自転車と歩行者しか通行できない道なので、お子さんのいる家族連れなどでも安心して走行できます。五感で自然を感じながら走る美しいルートです。

遠賀宗像自動車道から、玄界灘に沈む夕日を眺める。広々とした景色の中を走り抜けられる爽快さが人気。

福岡県では、平成30年度に「福岡県自転車活用推進計画」を策定しました。その一環として、福岡県北九州土整備事務所で取り組んでいる事業のひとつが、この自転車道の整備と認知向上です。

– 素敵なサイクリングロードですね! 認知向上のためにどんなことを行いましたか?
遠賀郡にある岡垣町で、防波堤に絵を描く防波堤アートを行いました。
日本で一番サイクリストが訪れているサイクリングロードがあるしまなみ海道。そのしまなみ海道のそばに位置する上島町では、自然のなかにアート作品を置くことで、景色を映えさせ、魅力を加えています。町内外からの評判も良いとサイクルライフナビゲーターの絹代さんから伺って、岡垣町と岡垣町観光協会と共同で行うことにしました。
作品を全国に公募し、アートディレクターの森本千絵さんらに審査していただいて、最終的に2つの作品が選ばれました。たくさんの方からご応募いただけて「こんなに注目されているんだ」と知ることもできました。
見渡す限り空も海も真っ青の景色の中に鮮やかな色の絵があると、すごく景色が引き締まる。近くにはカフェもあるので、サイクリストたちの休憩スポットとしてもちょうど良いです。

一般から公募した防波堤アートの受賞作品「わくわくを感じたなら」(作:鈴木 万葉さん)。自転車に乗る楽しさが描かれたポップな絵本のような作品だ。

– 走る中での楽しみが増えるのは嬉しいですね。
僕は元々、趣味で自転車に乗るタイプではなかったのですが、自転車道の整備や維持管理に携わるようになってから、乗る人の体感を知りたいと思って乗り始めました。

玄界灘と防風林の間にある遠賀宗像自転車道。日々の喧騒を忘れてまっすぐに伸びる道をひたすら自転車で走ることに魅力を感じるサイクリストが多い。

遠賀宗像自転車道も走りましたが、景色の雄大さはもちろん、自分が走っている時にときどき鳥が一緒に飛ぶことに感動します。終わった後にビールを飲むのも最高ですね。

人が主体の道路づくりができる街へ

– 福岡をはじめ、日本では「自転車は道路を走りにくい」という課題があります。なぜ、このような課題が生まれるのでしょうか。
日本では、道路を整備する際に自動車を中心に考えて設計されていくので、自転車や歩行者の利用を最優先して整備をするといった観点が抜けているんです。
これまでの道路交通法の歴史を振り返ってみると、昭和30年頃は、自転車と自動車がどちらも車道を走っていました。そのころは、自動車のスピードもゆっくりだったので一緒に走ることができたんです。それが、1960年代になり自動車の台数が増加、走行速度が上がったことにより、だんだん自転車が道の端に追いやられるようになってきました。そこで、昭和45年に道路交通法が改正されて、自転車は例外的に歩道も通行できるようになったんです。
しかし、歩道でもスピードをゆるめない自転車が歩行者と衝突するなど、事故が多発して問題になりました。一方で、地球温暖化対策などの環境への問題意識の高まりなどもあって、自転車の走行空間の確保のために、車道の左側に、自転車走行の表示を設けることになったんです。最近では、走る場所と進行方向を示す矢羽根を引いている道路も増えています。

– なんだか窮屈な印象を受けますね。欧米の道路では、自転車はずいぶん走りやすいと聞きますが。
欧米では、いくつかの都市に信号機や段差のない、歩行者最優先の道路があります。国土交通省の自転車関連の有識者会議で委員を歴任されている、自転車活用推進研究会の小林理事長によると、2007年にドイツのマインツでは、市全体に「ゾーン30(エリア全体に時速30キロの制限速度規制をかけるもの)」の規制をかけて信号機を撤去してラウンドアバウトという円形の交差点を設置して以降、交通事故の報告はなされていないそうです。

ヨーロッパの都市で多く導入されているラウンドアバウト。信号機がなく、車は右回りに通行するルール。写真は北九州市の尾倉ロータリーのもの。

また、パリでは従来の街並みを大幅に変えずに、自転車の走行空間を確保するために車線数を大幅に減らしたりもしています。

– 信号機の撤去や速度規制など、思い切った施策ができるのはなぜでしょうか。
日本との大きな違いは、まちづくりの計画策定時に交通管理者、つまり警察が入っていることです。欧米のまちづくりで行われているような「速度制限」「徐行」「信号機をつける、あるいは つけない」「車の進入禁止」といった交通規制は警察の管轄なのですが、日本では道路を作る関係者だけでまちづくりの計画を立てているので、一緒に議論できないのです。
欧米では、都市計画をする人や交通管理者(警察)、学校関係者、議員、市民などが顔を突き合わせて、「ここにどんな人が生活するのだろうか」「どんな人が不便を感じているのだろうか」という視点でまちづくりの計画を立てるそうです。結果的に、「人が主体」「歩行者(特に車いすなどハンデキャップのある人)ファースト」の道路作りになりやすいのではないでしょうか。

自転車をこいで移動するから感じられるものがある

– 自転車はこれからの社会の中で、どのような役割を求められていくのでしょうか。
国際的にも「低炭素社会」への変化が求められている今、車を自転車に替えていく必要があると感じています。
自転車ツーキニストの疋田氏によると、イギリスではここ30年ぐらい、医療予算削減のために車を自転車に置き換える施策をとってきました。自転車を漕ぐことによって健康になり、成人病予防に繋がることも実証されています。
また、デンマークのコペンハーゲン市の2018年の報告によると、2017年の時点で市内の通学・通勤をする人のうち49%が自転車を利用しています。一方、自動車での通学・通勤は、27%。市の中心部ではすでに、自転車利用者の方が、自動車利用者より多いんですね。

– 日本ではどのぐらい自転車が普及していますか。
国土交通省の調査によると、移動手段はまだ自動車が保有台数も利用割合も上回っています。ただ、車の移動距離は、5km以内であることが多い。実は、5km程度の移動は自転車の移動最適距離と言われていて、十分に自転車に置き換えられるんです。近距離移動に向いているのは自転車、という転換が図れれば良いですよね。車が減れば、自転車が走れる道路空間も増えるはずです。

– 移動手段を自動車から自転車に切り替えていくにはどのような方法があるのでしょうか。
まずは、乗る人の意識が「自転車っていいな」となることが大切です。日本では、2011年の東日本大震災後に多くの人が自動車から自転車に切り替え、コロナ禍でも公共交通機関から自転車に変える人が多かったですね。これまではややネガティブな動機で変わっているので、ポジティブな動機で変えられるようになると良いですね。

– 森さんの感じる、自転車のポジティブな要素を教えてください。
街中を散策するときの柔軟度が高いので、店などに立ち寄りやすく、知らないものとの出会いが生まれやすいことです。自動車と比べて、音や匂いなど五感で街を感じることができるのは楽しいですね。体を動かしているので、肉体的にも気持ちがいいです。こうした良さが広く知られたら変わっていくのではないでしょうか。
福岡周辺で自転車に興味を持っている方は、ぜひ遠賀宗像自転車道を走ってほしいです。自然の音や景色を自分の体でダイレクトに感じられる心地良さは、自転車だからこそ。遠賀宗像自転車道がきっかけで、普段から自転車に乗ってみようと思っていただけたら本当に嬉しいですね。
私も、道路事業に携わる一員として地域や周囲の環境に合わせて最適な道路環境を整えていきたいと思います。

[取材を終えて]
公の立場から道路事業に携わってきた森さん。自動車道、自転車道それぞれの整備に関わってきた視点や知見から道路事情をわかりやすく解説していただきました。ご自身が実際に自転車に乗って感じた喜びや心地良さについて楽しそうにお話しされていたのが印象的でした。これからも、すべての人が通行しやすいと思える道路の整備に尽力されるとのこと。とても楽しみですね。

[参考URL]
宗像・直方ルート
https://www.crossroadfukuoka.jp/cycletrail/cycleroot/fukuoka2.html

県道遠賀宗像自転車道線
https://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/kitakyu-pw-jitensyadou.html

福岡県北九州県土整備事務所
https://www.pref.fukuoka.lg.jp/soshiki/4804101/

玄海国定公園
https://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/genkai.html

森義篤(もり・ともあつ)さん

森義篤(もり・ともあつ)さん

平成5年福岡県入庁。
北九州県土整備事務所ほか3事務所で現場の道路整備の業務に携わる。
本庁では、道路建設課、都市計画課や交通政策課などで、道路ネットワークや低炭素なまちづくり、自転車活用推進計画などの業務に携わる。
東京事務所時代に、自転車の第一人者である自転車活用推進研究会の小林理事らと知り合い、自転車利用者からみた道路整備、様々な道路利用に着目した道路整備の在り方について考え始める。