サービス開始三年で定着
シェアサイクル「チャリチャリ」が挑む交通変革

全国に先駆けたサービスとして、福岡で2018年より展開しているシェアサイクル「チャリチャリ」(サービス開始当初は「メルチャリ」)。真っ赤な自転車が福岡の街を行き交う光景も、今ではすっかり定着しました。今回は、そんなチャリチャリを展開するneuet株式会社の代表取締役、家本賢太郎さんにインタビュー。福岡にいち早くシェアサイクルを定着させたその手法と、今後の展望についてお聞きしました。

photo: MIKI CHISHAKI

車イスから一転、世界を股にかけた起業家に

–本日はよろしくお願いします。まずは、チャリチャリのサービスの概要について教えていただけますか。
はい。チャリチャリは、福岡を中心に名古屋と東京で展開するシェアサイクルサービスです。専用アプリで自転車の位置確認や解錠ができ、利用料金は1分6円と、手軽に活用できるのが特徴です。「ちょっとそこまで」乗り降りできる、街中の便利なシェアサイクルとしてご活用いただいています。

利用はアプリから。駐輪されているポートまで行き、サドル下のQRコードを読み込んで解錠。そのままライドして目的地のポートまで行き、アプリで施錠すれば利用明細が表示され、課金される。スマホさえあれば、煩わしさは一切なく利用できる。

–福岡の街でも、赤色が印象的なチャリチャリの自転車を多く見かけるようになってきました。家本さんが、チャリチャリを事業として立ち上げた経緯を教えていただけますか?
私自身のキャリアパスからお話しすると、少し長くなってしまうんですが……。

–ぜひ、聞かせてください!
ありがとうございます。実は私、中学生の頃に脳腫瘍の手術をして、車イス生活となったんです。高校進学も諦め、人生に前向きになれなかった入院中に出会ったのが、パソコンとインターネットでした。インターネットで世界中の人と繋がれる感動を得て、「インターネットのために働きたい」と強く思うようになって。15歳の時に、クララオンラインというクラウドサービスの会社を創業しました。以後は、仕事にのめり込んでいくんですが、身体の方も次第に快方に向かい、20歳の誕生日前に身体障害者の手帳を返納することができました。

–未成年にして、すでにいろんな経験をされたんですね。
この経験が、人生を大きく変えたと思います。その後、クラウドに限らず多くのビジネスを手がける中で、中国・北京に通うようになり、その頃mobikeという中国のシェアサイクルサービスを見て、衝撃を受けました。僕より歳の若い創業者が、おしゃれな自転車を使って、中国の街の風景を変えていく。世の中にこんな価値を生み出せたら素晴らしいと思って、日本での可能性を考え始めました。フリマアプリ「メルカリ」の経営陣に誘われる形でお手伝いをはじめ、2018年2月にメルチャリとしてサービスをローンチし、その後、私の会社の資本を入れて、チャリチャリとして2020年4月にリブランドしたのが経緯です。

photo: MIKI CHISHAKI

–福岡でのサービス展開は、現在どんな状況ですか?
福岡では370カ所(2021年5月現在)のポートがあり、約1500台が稼働しています。多い日は1日で1台につき8回、合計1万回の利用があります。ニューヨークで展開するCITYBIKEでも利用回数は1日6.3回程度ですから、福岡では特に受け入れられていると言えるかもしれません。

赤いエリアは現在すでにサービス提供中で、青いエリアは今後展開予定。博多—天神間での移動に加えて、西側や東側での提供も始まっている。

街の特性に合わせた、細やかなサービス

–競合サービスが多くある中で、なぜチャリチャリが成長軌道に乗れたのでしょうか?
地域の移動ニーズに合わせたサービス展開を徹底したことだと、分析しています。例えば、福岡と名古屋で、私たちのサービス展開は大きく違います。福岡はコンパクトシティで街に起伏が少なく、自転車で移動しやすい。また碁盤の目のように道が整備されている名古屋と違い、福岡はくねくねと小道が多く、電車やバスなど公共交通ではまかないきれない移動の需要があります。そして、福岡の人は新しいことに寛容で、チャレンジを受け入れやすい土壌もあります。それら街や人の特性を考慮して、サービスを考えました。
例えば、あえて目立つ場所にポートを増やし、チャリチャリの自転車を街でよく見かけるようにしました。市役所など公共の施設や、賃貸アパート・マンションにポートを設置し、家の下からチャリチャリで移動できます。一般の人が「なんだろう」「乗ってみたい」と思うように、サービスを広げていきました。行政やアパートの経営者も、協力的な人が多かった印象ですね。

–なるほど。単にシェアサイクルの仕組みを提供しただけでは、普及しないんですね。
そうなんです。毎日集まってくるデータを見ると、1回の利用の平均時間は10数分で、「チョイ乗り」がほとんど。だから、1分単位で課金するようにして、ユーザーフレンドリーにしています。1台あたりの利用回数もわかるので、便利さをアップデートする調整もしていけます。こういう細かな配慮を徹底することで、安心して使ってもらえるサービスになるのではないでしょうか。

–自転車は設計も製造も自社オリジナルと聞きました。
そこも、こだわった点ですね。なぜそうするのかというと、例えば通常のシティサイクルでは、フレームやブレーキなど部品類の耐久性が低くて、3年もすれば不具合が起きてしまいます。原価を抑えて、安く消費者に販売できる代わりに、壊れやすく、頻繁に修理しないといけない。それは社会全体にとって良くない。だから、チャリチャリの自転車はバルブひとつからこだわり、フレームは頑丈な鉄製。10年乗っても壊れない自転車を作って、メンテナンスのコストを下げています。自社倉庫に修理担当の社員が控えていて、メンテナンス後にはトラックで再配置。365日、常に万全の整備体制を作っています。

自転車を通じて、地域課題を解決していく

–お話を伺っていると、単にビジネスモデルが優れているだけでなく、自転車業界や街が抱える課題を解決していくという強い意志を感じます。
おっしゃる通りで、私たちのミッションはシェアサイクルを広げることではなく、「まちの移動の、つぎの習慣をつくる」です。街の移動の当たり前を、アップデートしていく。日本全体が人口減少社会にある中で、福岡はいまだ人口増加傾向にあり、都市が広がっています。その一方で、地下鉄やバスなどの交通網はほぼ完成し、交通を担える総量はこれ以上増えません。自転車が担う役割はとても大きいはずですが、現状では自転車の所有台数が増えすぎて、駐輪場の整備や放置自転車、廃棄などの問題に直面しています。この現状を変えて、サスティナブルな移動のあり方を作りたい。そう思っています。

–確かに、都心部や駅前は駐輪場が足りなかったり、自転車を使いたくても使えないこともありますね。
ええ。例えば通勤時に自分の自転車で最寄り駅まで行くとすると、1台の自転車が駅前の駐輪場と家の駐輪場を、半日ずつ占有することになります。乗っている時間はごくわずかなのに、空間は長く占有していて、無駄が多い。これを、シェアという仕組みで有効活用する。私たちの手元に集まってくる、1日1万回の移動データを有効に使えば、社会課題の解決に繋げられると思っています。

–収集したデータはどのように生かしていくんですか?
例えば、道路の拡張や補修を行う際、ロジカルに優先順位や手法を決めることができます。どの時間に、どちら方向への移動が多いか。道路のどちら側を通行しているかまでわかります。これまでは道路交通センサスという、3~5年おきに人が座って、カチカチとカウンターを押しながら計測していくものしかなかったので、はるかに利用価値のあるデータが取れていると思います。

–まさに、御社の掲げる「街の移動のアップデート」ですね。
もちろん交通変革は自転車だけで担えるとは思っていません。私は、電車もバスも好きだし、その土地の古地図を見るのも大好き。だから、地域交通を考えるのは楽しくて仕方ないんです。この仕事は天職だなと思ってます。これからも、シェアサイクル事業に限らず、ITを活用した新しいサービスや街の変革を考えていきたいですね。

–とてもワクワクするお話でした! 本日はどうもありがとうございました。

[取材を終えて]
福岡の街を歩けば、見ない日はないと言っても過言ではない、チャリチャリの自転車。一気に普及した背景には、家本さんの明確なビジョンと意思があったことを、お話を聞いていて感じました。
自転車への愛や思い入れと、ITを駆使した確かなビジネスモデルの両輪が、チャリチャリを他社から抜きん出た存在にしているのでしょう。チャリチャリが普及した先に、福岡の街の交通はどのように変わるのか。それが、市民生活をどう変えるのか。想像してみるだけで楽しみですね。

家本賢太郎(いえもと・けんたろう)さん

家本賢太郎(いえもと・けんたろう)さん

neuet株式会社代表取締役
1981(昭和56)年12月2日生まれ。
11歳で株式市場・経済に興味を持ち、13歳のころからはパソコンやIPネットワークに関心を持つ。14歳のころ、脳腫瘍の摘出後に車椅子生活になる。1997年8月には15歳で文部省大学入学資格検定に合格。また1999年に入り、生涯車椅子と宣告されていたにも関わらず奇跡的に両足の運動神経が回復。車椅子無しでの生活が可能になった。2001年には身体障害者手帳も返納した。将来は自分のリトルリーグチームを作ることが夢。1999年1月、米Newsweek誌にて「21世紀のリーダー100人」、2000年9月、新潮社Foresight(フォーサイト)誌にて「次の10年を動かす注目の80人」、2012年3月、世界経済フォーラム主催「Young Global Leaders 2012」に選ばれている。
2019年8月より、neuet株式会社代表取締役就任。